コンプライアンス研修・教育

中国籍高級管理職向けのコンプライアンス研修・教育が奏功した例

経緯

・ある日本企業が中国現地に設立したA社では、関連商品の生産及び中国国内外での販売業務に従事してきたが、近年中国国内市場の開拓に注力してきた結果、販売業務が中国の複数の省に拡大した。

・2018年、現地市場監督管理法執行機関は、A社を告発する通報を受けてA社を調査した。通報の内容は、A社では販売市場開拓のために複数の取引先にバックマージンを渡しており、商業的賄賂行為の疑いがあるというものであった。

・法執行機関の調査の結果、A社の営業部門のマネージャーである王氏が、省外の2社の関係者を接待したうえ、バックマージンを渡した行為があったことが発覚した。

・A社では、明示的にも黙示的にも、営業部マネージャーである王氏and/or他の従業員が顧客を接待してバックマージンを渡す等の商業的賄賂行為は社内で確認したことは一度もなく、王氏も会社に対して関連の接待費用等の払戻し精算をしなかったため、A社では王氏による商業的賄賂行為を把握していなかった。

案件の処理過程

(1)弁護士の見解

中国の『不正競争防止法』第7条の規定により、経営者は、取引の機会又は競争上の優位の取得を図るために、財物又はその他の手段を通じて関連する企業・組織又は個人に賄賂を贈ってはならないとされています。経営者の従業員が贈賄行為をした場合、経営者の行為と認定すべきであることが規定されていますが、当該従業員による行為に、経営者が取引の機会又は競争上の優位の取得を図ることとの関係がないことを証明する証拠が経営者にある場合は除外されています。

上記の法律規定により、本件においてA社が会社側に商業的賄賂行為がなかったことを証明するには、王氏の行為はA社が経営者が取引の機会又は競争上の優位の取得を図ることと無関係であり、王氏による行為は個人的な贈賄行為であることを十分な証拠を提示して証明する必要があります。本件ではこの方向性に沿って、主に関連証拠の収集と整理を行いました。

(2)弁護士の対応

①証拠の収集と整理

営業部マネージャーである王氏の商業的賄賂行為は個人的な贈賄行為であり、A社とは関係がないことを証明するため、弁護士によるA社との事実確認及び調査を経て、以下の主要な証拠資料を収集・整理しました。

・中国籍高級管理職への社内教育・研修に関する資料

弊所弁護士はA社の顧問弁護士として、2017年にA社で会社の中国籍高級管理職向けの商業賄賂のリスク対策に関する社内教育と研修を主催しました。セミナーの中で、会社は従業員による商業的賄賂行為を禁止することについて明確な説明を行いました。王氏は営業部マネージャーとして、この研修に参加しています。研修の記録を残すために、弊所で当時、研修参加書(参加従業員が研修開始前に署名)と「商業賄賂禁止に関する告知・承諾書」(研修終了後に署名)を準備していました。今回A社で、当時の研修参加書と「商業賄賂禁止に関する告知・承諾書」及びセミナーの全過程の録画映像等の資料が見つかりました。

・A社の就業規則

弊所は研修後、A社の就業規則を改訂し、改訂及び公布の法的プロセスを履行しました。修正した就業規則の中では、従業員のいかなる商業的賄賂行為も禁止することを明確に規定しました。

・王氏の全ての費用精算の証憑

王氏が会社に精算した費用は、いずれも実際の領収証があり、それぞれが精算事由に対応していることを証明するものでした。顧客に支払ったバックマージンは会社との精算が行われていません。

・A社が取引先と締結する契約書

A社と取引先が締結する契約書にはいずれも、商業的賄賂行為の禁止が明確に約定されています。

②法執行機関に対する積極対応

・上記の証拠資料に基づき、弊所が法執行機関と密接に協議・交渉し、A社では弁護士による研修を行い、就業規則を制定し、通報ホットラインを設置する等の複数の適法かつ合理的な対策をとり、従業員に対して商業的賄賂行為は絶対に禁止すると教育してきたことを説明しました。このように、A社では十分な商業賄賂防止のコンプライアンス措置を十分にとっており、王氏による商業賄賂行為は、A社と何らの関連性がない個人的行為です。

・A社では、王氏が顧客に渡したバックマージンについて全く把握していませんでした。A社はまた、営業部マネージャーの王氏からの贈賄の費用精算を行ったこともありません。

法執行機関では、弁護士の見解を聞き、提示された関連の証拠を確認した後、A社に対する商業賄賂調査は打ち切られました。同時にA社の平常時のコンプライアンス措置についても当局に承認されました。

依頼者の満足ポイント

・行政機関による行政罰や、重大な場合には刑事罰を受けるコンプライアンスリスクの回避に成功しました。

・日本本社では中国でのコンプライアンス上の要求事項について詳細に理解していたわけではありませんが、中国現地の弁護士のサポートを受け、本社のコンプライアンス理念を現地法人においても実施し、有効なコンプライアンス措置を取ることになりました。

中国での類似の案件における問題点とアドバイス

本件における問題点は、王氏の贈賄行為が、A社が取引の機会や競争上の優位を図ることとは無関係であることを証明する証拠をどう収集するかということでした。弊所はA社の日本本社から長年法律顧問を委託されており、日頃からA社で実施する数々のコンプライアンス措置を弊所弁護士に依頼されていた中には、中級・高級管理職向けや一般従業員向けのコンプライアンス研修や、規則制度の制定や改定等も含まれていました。継続的な研修等のコンプライアンス措置は、現地従業員の法令遵守の意識を向上させるだけでなく、そのコンプライアンス能力をも高めます。本件のように法執行機関による調査を受けた場合には、日頃からコンプライアンス措置を実施していることの証明も、会社が法的責任の追及を受けないための重要な証拠になりえます。

このため、企業では日頃から研修実施等によりコンプライアンス構築を強化することをおすすめします。そのうえで、行政法執行機関からの何らかの調査を受けた場合には速やかに専門の弁護士によるサポートを求め、適法かつ正確で、効率的な対応を行い、行政罰や刑事罰を受けるリスクを最小限に抑えるようにするとよいでしょう。